「蓬生!」
「あかん…」
目の前で徐々に冷たくなる手。
温もりを留めようと、握り締めても、血の気の通わない己の手では熱を奪うだけ。
それでも ――― 離せない
「蓬生、決めろ!今すぐだ!」
「…あかん」
「てめぇが出来ないってんなら、俺がやってやる」
「あかん!!」
彼女へ一歩踏み出した千秋から横たわる彼女を守るよう、その背に庇う。
「この子には、いくら千秋でも手ぇ出させん」
「だったら今すぐ決めろ!生かすか、殺すか!!」
肩を強くつかまれ揺さぶられる。
――― 生かすも殺すも、あんた次第や
俺は、そう言うて…たくさんの人の血を吸うた。
皆が笑って、俺に身を委ねて…冷えた俺の身体を温めるように、その血を与えてくれた。
別に、飲まないで飢えて死んでも、ええんよ
どうせ、俺なんか生きとっても、なんもええことなんてない
だから、俺に熱い目ぇ向ける人には…言うたんや。
あんた次第、て
だけど、この子は…は、違う。
「あかん…なぁ、置いていかんで」
「だったら、とっととお前の血を与えちまえ」
それが出来れば、こないに苦しい思いなんてせん。
「出来ん…それだけは、出来へんのや…千秋」
だって、言うたんや…
俺が飢えて死んでしまったら、会えなくなるから嫌やて。
けど、俺のことを愛したんは ――― 人間である、自分やから…
「せやから…」
――― 蓬生の(吸血鬼の)血は、飲ませないで…
握り締めていた手を、わずかに握り返され、視線を千秋から愛しい彼女へ向ける。
「…ほ………せぃ…」
「…」
弱々しく微笑む彼女の顔からは、生気が感じられない。
そっと顔を近づけ頬へ優しく口づけても、いつものように…赤く、染まらない。
「…ほ……ぃ」
「喋っちゃ…あかんよ。大事に、せんと……な?」
「………」
わずかに口元を緩めた表情に、俺の言葉を理解したと判断し、彼女の手を握り締めたまま、口元へ近づける。
「…手ぇ、冷たいわ」
息を吹きかけ、こすり合わせれば、一瞬だけ温もりが戻る。
…けれど、それも、命の灯火が消えるのを遅らせるほどではない。
とんっ…と背中を叩かれ、千秋の気配が消える。
二人きりにしてくれたのだと悟り、何故だか鼻の奥がツンと痛くなった。
「もうすぐ、春やね…あんたが言うとった、なんやっけ…あの花」
微かに動いた口元から言葉を読み取り、彼女の代わりに音にして伝える。
「そう桜やったね。一緒に見に行く約束、忘れんどいてな」
「……ん」
じりじりと近づく、終わりの刻
俺の中に、沸き起こる葛藤
今なら、まだ…彼女から死の気配を消せるかもしれない。
仲間にしてしまえば、彼女は俺と永遠を生きられる。
身を乗り出して、彼女の瞳を覗き込む。
まだ、微かに燃える…命の光りを、引き止めるように…
「…」
けれど、それを遮るよう、彼女が首を横へ傾けた。
「…俺を置いてくなんて、酷いわ」
彼女は、逝く
俺を置いて…ひとりで
けれど、彼女は…俺を愛した人のまま、逝く
一度目を閉じ、薄れた光へ注ぎ込むよう想いを込めて囁く。
「あんたを必ず見つける」
「…ほ…ぅ…」
「俺が迎えに行くの、待っとって」
彼女の目から、じわりと溢れるように零れた涙を唇で拭う。
「あんたを、あんただけを…愛しとう、」
誓うよう、唇を重ねる。
重ねた瞬間、触れた吐息が…離れた時には、もう…感じられなかった。
目の前で、幸せそうに微笑みながら…息を引き取った彼女を見て、思わず苦笑が洩れる。
「…ホント、面白い子やね。愛の告白の最中、逝ってまうなんて…空気読まないにもほどがあるわ」
そして次の瞬間、冷え切った俺の中から、熱い涙が次から次へと溢れ出す。
「はよ…見つけんと、俺が耐えられん、わ」
吸血鬼の俺に、血と…愛を与えてくれた人
共に生きるよりも、吸血鬼を愛した人間(ひと)として死ぬことを選らんだ人
そんなあんただからこそ、俺は…誰よりも、愛したんや
あんたという、人間を…
嵐のMONSTERを聞いていて思いついた、神南吸血鬼ネタ。
血を与えれば、少ない確率で仲間になれるというベタなネタ。
魂を愛する気持ちが、生まれ変わっても続くってことでルフラン。
2011/01/17